研究者総覧「情報知」
計算機数理科学専攻
- 氏 名
- 松原 洋(まつばら よう)
- 講座等
- 情報数理基礎論講座
- 職 名
- 教授
- 学 位
- Ph. D (Mathematics)
- 研究分野
- 公理的集合論
研究内容
巨大基数の研究
1960年代にコーエン(Cohen)が強制法(forcing method)を発表して以来、集合論の古典的な未解決問題の多くは、集合論の標準的な公理系ZFCから独立していることが解かってきた。つまりそれらの問題は公理系ZFCの下では解決不可能だということである。例えば連続体仮説(「実数全体の集合は最小の非可算濃度を持つ」という主張)は公理系ZFCからは証明も否定もできないことが示された。また実数の射影集合(開集合から補集合をとる操作と射影をとる操作を繰り返して得られる集合)たちがすべてルベーグ可測性やベールの性質などを満たすかどうかも、公理系ZFCのみからは解決できないことが証明された。ゲーデルはこのような状況を予測してZFCに超越的に巨大な基数の存在を公理として加えた公理系の中で、ZFCでは解決不可能な諸問題を考察することを提唱した。そのような公理が巨大基数公理(large cardinal axioms)と呼ばれるものであり、巨大基数公理を用いるこの研究の方針は現在ゲーデルのプログラムと呼ばれている。巨大基数公理の研究では、次の二点が中心的課題である。まず巨大基数公理の集合論の諸命題に対する影響の研究。例えば、どんな巨大基数公理を仮定したら、実数の集合のうちでどんなものがルベーグ可測性やベールの性質を満たすかという問題。この問題に関する研究はMartin、Steel、Woodinなどの研究によって著しい進歩をとげた。これによれば仮定する巨大基数公理が強ければ強いほど、より広いクラスの実数の集合がルベーグ可測性やベールの性質を満たすことがいえる。例えば可測基数という巨大基数の存在からは、射影階層の第一と第二レベルに登場する実数の集合のルベーグ可測性やベールの性質が導ける。可測基数より強い超コンパクト基数からは射影階層のすべてのレベルに登場する実数の集合のルベーグ可測性やベールの性質が導ける。実数の集合の性質のような解析学的な問題以外にも、Radoの予想のような無限組み合せ論の問題とも、巨大基数公理は深い関係を持っていることが知られている。
第二に色々な巨大基数公理の強さの研究。一般に巨大基数公理の強さとはZFCにその巨大基数公理を加えた公理系の無矛盾性の強さ(consistency strength)のことである。
つまりもしZFC+「性質Aを満たす巨大基数の存在」からZFC+「性質Bを満たす巨大基数の存在」の無矛盾性が導けるとき、Aを満たす巨大基数はBを満たす巨大基数よりも強いという。現在の集合論では、様々な巨大基数間の強さの関係を研究する為に強制法や内部モデルの理論が使われている。
残念なことに公理的集合論において最も有名な問題であった連続体の問題(「実数全体の集合の濃度は何か?」)については、公理系ZFCに巨大基数公理を加えても解決できないことがLevyとSolovayの研究によって知られている。(彼らは強制法で巨大基数を保存しつつ実数の濃度を自由に操れることを示した。)しかし上で述べたように巨大基数公理は実数の集合の研究には大きな成果をもたらしている。さらに下で述べるように、巨大基数的性質を持っているイデアルの存在は連続体問題と深い関係を持っていることが最近の研究で分かってきた。
多くの巨大基数はイデアルを使って定義できる。現在では巨大基数の一般化とも言える、generic ideal(巨大基数的性質を持っているイデアル)を中心に研究している。特に最小のイデアルである非定常イデアルの巨大基数的性質(飽和性やprecipitousness)が興味の中心である。
最近の研究で生成的超羃という手法が巨大基数公理の研究に非常に有効なことが分かってきた。この手法は巨大基数公理の手法と強制法の手法を合成して得られた手法で、今後も集合論の進歩に大きく貢献すると予想される。松原は巨大基数的性質を持つ色々なイデアルをこの生成的超羃を使って研究している。
数年前Woodinはω1上の非定常イデアルが飽和していて可測基数が存在するならば、連続体仮説が成立できないことを証明した。これは多くの研究者のそれまでの予想を裏切る発見であった。現在はこの結果に触発されて巨大基数的性質を持つイデアルの存在と一般連続体仮説の関係を研究している。
経歴
- 1985年 カリフォルニア大学博士課程修了 Ph. D. (mathematics)
- 1985年 アムハースト大学 visiting assistant professor
- 1992年 名古屋大学教養部講師
- 1993年 同大学情報文化学部助教授
- 2004年 同大学大学院情報科学研究科教授 現在に至る
所属学会
- 日本数学会
- Association for Symbolic Logic
主要論文・著書
- Stationary preserving ideals over PKλ, Journal of the Mathematical society of Japan 55-3 827-835 (2003).
- Stronger ideals over PKλ, Fundamenta Mathematicae 174 229-238 (2002).
- Nowhere precipitousness of the non-stationary ideal over PKλ (S. Shelahとの共著), Journal of Mathematical Logic 2-1 81-89 (2002).